天下の正論 巷の暴論


日本経済再生の唯一の手段はケインズ的財政出動への切り替え




経済失政を繰り返してきた日本。
小泉純一郎首相に任せていては手遅れになる。


景気回復を妨げる個人金融資産
1400兆円の過剰貯蓄性向

小泉純一郎首相が進める構造改革が日本経済を救ってくれるという最近の一連の論調は、クリント・イーストウッドの西部劇の再放送を見ている浅はかな男の話に似ている。イーストウッドは全速力で断崖に向かって馬を駆っている。男は友人に、「あの馬も乗り手も絶対に転落しないことに賭けると言う。友人は「転落する」と一言う。だが、結局人馬共に転げ落ちてしまう。友人はこの映画を以前に見たことがあり、結末を知っていたので、「金はもらえない」と言う。「僕も前に見たことがあるよ」と話す男に対して、「どうして『落ちない』に賭けるなんて言ったんだい」と友人が尋ねると、男はこう答えた。
「だってイーストウッドはとても頭がいいから、2回も同じ間違いをするわけがないと思ったのさ」
 96年、当時の首相・橋本龍太郎氏は歳出を削減し、改革を断行して経済を立て直すと誓った。ところが、立ち直る兆しの見えていた景気の回復は失速し、経済は不況のどん底へと向かって急激な落ち込みを見せた。
そこに新政権が発足し、歳出の拡大を約束したために辛うじて救われたのである。
 今日、われわれは全く同じ筋書きが繰り返されているのを目の当たりにしている。今回、その職にあるのは小泉氏だ。99年の緩やかな景気回復は息の根を止められ、日本経済は再びどん底状態にある。
 日本の一番大きな問題は慢性的な消費需要の欠如であり、政府による歳出削減は今必要なこととは全く正反対の措置である。日本の政治家はいつになったらこの大事なことを理解できるのだろう。日本のように強い経済大国でも、老若男女合わせて1400兆円が個人の金融資産としているような状況では、経済がうまく機能するはずがない。
 かつて日本は、輸出の拡大や、不良債権を増やす元になった土地価格の暴騰などにより、国内の需要不足を切り抜けることができた。しかし、これらはみな、円高の進行とバブルの崩壊によってあっけなく終焉を迎えた。ケインジアンの唱える政府支出の拡大による国内需要の拡大こそ、今、求められる唯一の解決策である。長期的かつ合理的な改革によって、消費者支出刺激のためのインセンティブも必要である。
 こと経済に関する限り、日本人はなぜいつも間違った方向に舵を切るのだろうか。一つは、大局を見ずして細部にこだわる文化的傾向があるからだろう。メディアは小泉首相の民営化計画について隅々まで厳しく目を光らせているため、国内だけではなく諸外国までが、構造改革を進めれば日本は立ち直るという気になっている。一方、日本の経済問題の背後にある重要な原因、すなわちこれほど過剰な貯蓄を引き起こした要因を真剣に考える者はほとんどいない。


日本経済が抱える問題点は供給過剰と需要不足のジレンマ


 日本経済がいとも簡単に間違った方向へ行ってしまうもう一つの理由は、戦後長い間、大学で独断的なマルクス経済学の理論が幅を利かせていたことがある。現在その大きな反動が、主に慶応大学や一橋大学を中心とした新世代の経済学者たちに表れている。彼らは80年代にアメリカやイギリスが取った、右寄りの放任主義的サプライサイド政策を、欧米の経済学者たちも驚くほど深く信奉している。過剰供給と需要不足という日本経済が直面している問題は、かつて多くの欧米諸国が直面した問題とは正反対であることが、これらの人々の未熟な頭には思い浮かばないようだ。
 小泉首相の経済顧問を務める慶応の経済学者たちが中心となって作成した今回の経済白書では、一方で需要問題があることを認めているものの、時代遅れのケインズ経済学による解決法など役に立たないと主張し、経済効率を高める改革を求める内容となっている。日本の一流経済紙である日本経済新聞は、需要不足が問題なのであれば、経済効率を高めて供給を増やしても何の解決法にもならないと皮肉っている。
 日本経済新聞がその立場を変えたことは、興味深い。かつて同紙は、先頭に立って、ケインズ的政策は役に立たないと唱えていた。私自身、同紙とは長い付き合いがあったが、5年前に過剰な貯蓄が経済の悪化を招いていることが分かっていないと公に批判したところ、その関係は絶たれてしまった。
 小泉首相の側近の中には、今年の政策で結果を生み出すことができなければ、景気について何らかの手を打ち始めるだろうと言う者もいる。しかし、そのときには、日本経済はもう既に手遅れの状態になっているかもしれない。


グレゴリー・クラーク
プロフィール/1936年イギリス生まれ。オックスフォード大学修士課程修了。オーストラリア外務省、「ジ・オーストラリアン」紙東京支局長などを経て、79年上智大学教授。95年多摩大学学長。現在、多摩大学名誉学長。
        2002.2.19経済界170

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