週刊東洋経済

1994.12.31−1995,1.7 週刊東洋経済
「リベラル」の意味を
再認識せよ
週刊東洋経済1994. 11・5
ヘリコプター事故を契機に仲
マスコミ・エゴを改めよ
1994・9・10 週刊東洋経済
「空洞化」論じる前に
レジャー産業に日を向けよ
英語を話す人間として、日本人が英
語を使いたがるのは非常に喜ばしいこ
とだ。だが、いわゆる英語の達人が、
英語の意味をわざと歪めて使うことで
自分の偏った意見を広めようとするの
には困惑させられる。
 そのよい例が社会党議員らが結成を
目指している「リベラル」新党をめぐ
る議論だ。右派の批判者は、アメリカ
ではリベラルはとても悪い意味であ
り、アメリカのリベラル派は信頼でき
ないという。別の批判者はリベラルと
は改革を求めることを意味し、憲法改
正阻止を訴える人たちが自らを「護憲
リベラル」と呼ぶのはおかしいという。
 リベラルは改革を求めるという意味
ではない。英語では通常、左翼的な方
向への改革を求める人たちは進歩派
(PROGRESSlVES)と呼ばれる。ま
た、右派であれ左派であれドラステッ
クで急激な改革を求める人たちは急進
派(RADICALS)あるいはイデオロー
グ (IDEOLOGUES) と呼ばれる。
 リベラルとは本来、気前よい
(GENEROUS)あるいは寛容(TOLERANT)
を意味する。政治において伝統
的に穏健派の意味で使われ、右派にし
ろ左派にしろ、急進的、イデオロギー
的な改革に反対することを意味する。
 アメリカでは歴史的な経緯から、リ
ベラルは「左翼進歩派」という意味を
持つようになった。またリベラルが悪
い意味を持つようになってしまったの
は、アメリカのリベラル派が犯罪や福
祉問題についてあまりにも「気前よく」
「台見大」な態度を取りすぎたからであ
る。しかし、そうした意味をもつのは
アメリカだけだ。他の多くの国では、
リベラルは中道派、あるいは自由党と
いう意味で保守派にも使われる。日本
でも自由民主党はLIBERAL DEMOCRA−
TIC PARTYと記す。
 現在の政治状況を考えてみれば、穏
健派という正しい政治的な意味でのリ
ベラルは、とても有用な言葉である。
それは非イデオロギー的な社会党議員
を意味する。自民党内では池田元首相
から三木武夫、大平正芳、宮沢喜一、
そして河野洋平へと続く流れを意味し
ている。現在の自社さきがけ連立が長
持ちしそうなのも、各政党のリベラル
派によるきわめて合理的な連立政権だ
からである。
 こうしたリベラル派に対抗するのが
小沢一郎氏を中心とする右翼的で革新
的なグループである。もし自民党がリ
ベラル派と右派に分かれ、右派が新進
党に合流するなら、日本の政治は結局
欧米型へと向かうことになろう。
 どちらかといえば、新進党が最初に
選んだ英語表記であるPROGRES -
SIVE PARTYが間違っていた。新
進党はたしかに改革を求めているが、
それはアメリカの共和党同様、右翼の
方向であり左翼の方向ではない。現在、
新進党はNEW FRONTIER
PARTYという英語表記を使ってい
るが、これにはもちろん何の意味もな
い。        「上瞥た学教授)
先日、大阪府・泉佐野市で朝日新聞
のヘリコプターが墜落する事故が起こ
った。民家を直撃していたら、さらに
大惨事になるところだった。
 日本に住む外国人にとって、こうし
た報道用ヘリコプターが自由に大都市
上空を飛ぶことを許されているのは驚
くべきことだ。日本は「過保護社会」と
いわれるくらい、国民保護の名の下に
政府がさまざまな規制を課tている。
ところが、なにか事件が起こると、新
聞やテレビが過剰競争をはじめ、それ
ほど重要でない同じような写真を撮る
ために一〇台近いヘリコプターを出動
させるのである。これまで大事故が起
こらなかったのが不思議なくらいだ。
 こうしたヘリコプターがまき散らす
騒音も耐え難いものだ。私は都心近く
で働いているが、東京で大きなイベン
トがあると恐れをなす。というのも、
何時間にもわたってヘリコプターが仕
事場の上空を行ったり来たりするから
だ。朝日新聞は、これまで日本における
公也貢報道をリードしてきた。だが、他社
同様、朝日新聞のヘリコプターも危険
と庇翌日をまき散らしているのである。
 日本には興味深い表現がある。それ
は「地域エゴ」だ。これは、日本にお
ける奇妙な集団主義シンドロームの副
産物といえる。他の社会にもまして日
本では、個人あるいは小集団が自分の
権利や特樺を他のすべてに優るものと
考えている。そのために、必要な道路
や空港の建設が遅れてしまう。一方、
官僚は永久に自らの外郭団体や特殊法
人を擁護する。農家や電力会社などの
独占企業、各種の圧力団体も膨大なコ
ストを消費者に押しっけている。
 こうした″ムラ的シンドローム″が
日本の活力や高い生産性につながって
いることは確かだ。各集団は生き残り
をかけて仕事に没頭する。日本企業が
提供する製品やサービスの高い品質性
はその一つの成果だ。しかし、日本も
もっと幅広く物事を考える時期に来て
いる。狭量な思考方法こそが、日米通
商摩擦の主因となっている。それはま
た企業の保守的体質と官僚による規制
をもたらし、ハイテク分野におけるア
メリカの優位を許している。
 私は何年も前に、朝日新聞にヘリコ
プター璧日について投書したことがあ
る。しかし、それは掲載されなかった。
一方で、同じ投書欄では米空軍基地に
よる事故や騒音に対する苦情の手紙が
たくさん取り上げられている。今回の
事故で、ヘリコプターが引き起こす問
題についてのマスコミ・エゴがなくな
れば幸いである。
一つの解決方法は、ヘリコプターか
ら出る堅日を録音し、新聞社の本社前
で一日中放送することだ。米軍基地の
騒音に反対するグループも同様に、基
地から出る騒音を録音する。そして、
騒音を許している人たちのオフィスの
前で、実際と同じ立量で流すのだ。そ
うすれば、たちまち間席は解決するだ
ろう。大切なのは、幅広く物事を考え
ることである。   (上智大学教授)
この夏、日本国内を旅行して驚いた
のが、パチンコ産業のすさまじい勢い
だ。どの町に行っても、郊外には雨後
のたけのこのように新しいパチンコ店
が林立していた。
 日本人がパチンコを好むのには文化
的背景がある、という議論がある。だ
が、それだけでは今日のブームを説明
することはできない。パチンコのほか
にこれといったレジャー施設が無いの
が原因であり、それは日本経済が直面
している問題と密接に関係している。
 経済法則によれば、GDPに占める
製造業の比率は、経済の発展につれて
小さくなっていく。中進国においては
三五%だが、先進国になると二五%以
下に減少する。これは、国民の需要構
造がモノからサービスヘと大きく転換
するからだ。ところが、日本では異常
なほどに製造業の比率が高い。約三〇
%にのぽる製造業比率は、貿易黒字の
主な要因となっている。日本は国内に
需要のない製品を生産しているので、
海外に輸出せざるをえない。
 今の消費者は余ったおカネで鉄を買
うよりは、ディズニーランドに行きた
がる。それならば、製鉄工場を作るの
ではなく、もっとディズニーランドを
作ればよい。そうすればディズニーラ
ンドの従業員の所得が増え、その所得
が自動車の購入や耐久消費財の消費に
回り、間接的に鉄の国内需要が増える
ことになる。
 日本はこれまでレジャー産業に十分
な関心を払ってこなかった。所得の上
昇と労働時間の短縮によって、レジャ
ー産業への需要は明確にあるのに、供
給が十分ではない。需要は供給の存在
するところ − パチンコ、カラオケ、
ゴルフなど − に集中することにな
る。そうしたことにカネを払いたくな
い人たちは、結局そのおカネを必要な
内需拡大のために使うどころか、貯蓄
に回してしまう。
 最近、産業空洞化の危機が叫ぼれて
いる。日本人は、空洞化が究極的には
「いいこと」だということを分かってい
ない。生産拠点を海外に移転すること
で、あまりにも巨大な国内の製造部門
を減らすことができるのだ。
 アメリカでは、GDPの約一〇%を
レジャー産業が占める。日本で同じ規
模のレジャー産業を発展させれば、空
洞化で生じる失業者を十分吸収するこ
とができる。なぜ日本人が、こうも海
外旅行をするのかといえば、国内旅行
が高くて施設も限られているからだ。
海外旅行もしない人々は、本来消費す
るカネを貯蓄に回している。
 最近、千葉県のマザー牧場のオーナ
ーに会った。マザー牧場は都会人が家
族で一日中のんびりできる、数少ない
安価な施設で、年に一〇〇万人が訪れ
る。6月にオートキャンプを開設した
が、宣伝する時間もなかったのに、夏
休みには、自動車とキャンパーで一杯
になった。この一事からも、レジャー
産業に対する計り知れない潜在需要が
あることが分かる。 (上智大学教授)
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