北朝鮮をめぐる口実
グレゴリー・クラーク

安倍首相はいかにして拉致問題を操作し、それによって北朝鮮を悪魔化し膠着状態を生み出したか
口実には様々な種類がある。

1961年に行われたアメリカのマングース計画は偽物と本物のテロ活動が含まれており、それらのテロ行為の責任の一端はカストロにあるとされ、キューバ侵攻の口実として使われた。ドミノ理論は、ベトナム戦争において同盟国を得るための言い訳として使われた。でっち上げられた1964年のトンキン湾事件は10年間にわたって北ベトナムを爆撃する言い訳に使われた。存在しなかった大量破壊兵器は2003年のイラク侵攻の正当化に使われた。などなど。

日本も、ひとつふたつの言い訳を携えて、まずは1931年に実行された満州事変は、満州占領の言い訳として使われ、1937年の盧溝橋と上海事変は、中国全土への侵略を正当化する材料として使われた。
戦後の日本は行儀がよくなったというが、満州での端緒を切った岸信介の孫である安倍晋三総理が、いわゆる北朝鮮の核の脅威に対処するために我々は再軍備すべきであるとか、拉致被害者と認定された人たちが、脅威を除去する可能性のある対話の停止を正当化するのは、果たして如何なものか。

まずはいわゆる核の脅威に関して。1950~53年にかけての、韓国、アメリカ、他の同盟国との戦争において、北朝鮮は3年間の徹底的な爆撃に苦しんだ。攻撃に参加したあるオーストラリア人パイロットが私に言うには「村を全て爆撃したあとは、牛に爆弾を落とした。牛がいなくなったら、干草を爆撃した。」

この戦争は停戦となったにすぎず、平和協定も、何ら外交的承認もなく終わった。敵対する国々との正常化した関係がなく、北朝鮮は、同じ状況下にあるいくつかの国々と同じ結論に達したようであった。核を持つべきである、と。しかし、例えば、1964年に核開発を許可されたイスラエルとちがって、1994年には北朝鮮はそれ以上核開発を続ければさらにアメリカから爆撃を受ける恐れがあったが、1994年にアメリカとの間で合意された枠組みで示された関係正常化の約束と引き換えに、さらなる核開発の停止を約束し、脅威は土壇場で避けられた。

しかし関係正常化は行われなかった。そして、北朝鮮もまた核開発を続けた。もし、アメリカが1994年の約束に忠実であれば、北朝鮮は核開発をやめただろうか?もし、北朝鮮がアメリカを信用したなら、やめたかもしれない。しかし、北朝鮮がいつも言っていたのは、イラクやリビアの例を見ればわかるとおり、西側勢力から攻撃されない約束と引き換えに核開発をやめれば、バカを見るのは明らかだと。

その間に、アメリカは、北朝鮮がアメリカを脅かす大量破壊兵器を開発していると主張した。小国である北朝鮮がアメリカに対して不意打ちの核ロケットを打ち込んできて、報復で抹消されてしまうなどという発想はおかしいのであるが。

日本政府が、いわゆる北朝鮮の脅威に対して緊急速報の発表で備えるというのは、同じくらい驚愕に値することだ。しかし、騙されやすい大衆はそれに迎合し、与党自民党への支持を拡大させた。日本語ではこれを「マッチポンプ」という。マッチで自ら火をつけ、その後自分自身が起こした火事を自分のポンプで消す権利を主張するのだ。

確かに、日本政府の北朝鮮に対する敵対心は、北朝鮮が1970~80年代に日本から拉致した人々を返さないでいるという報告にも基づいていた。そして長い間、北朝鮮も、日本の左翼もそのような報告を躍起になって否定した。しかし、2000年に始まった日本の上席外交官である田中均氏との秘密裏の交渉で、北朝鮮は13人を拉致し、そのうち生きているのは5人だけだと主張した。

これは、当時の小泉純一郎首相による北朝鮮訪問で、北朝鮮のリーダーであった金正日が、拉致は不良分子が行ったとして処分するとし、異例の公式謝罪を行った後であった。

5人の拉致生存者は、その後北朝鮮に残された家族のもとに戻ることを条件に、日本訪問を許可された。

そのかわり、小泉は日本の過去の朝鮮半島に対する植民地支配を謝罪し、多岐にわたる十分な経済支援を提示した。このことが、東アジア情勢に関して協議し、ロケット発射実験を凍結するという約束とともに、平壌宣言という文書にまとめられ、関係改善の画期的な成功の印となった。

しかし、友好的な態度は長くは続かなかった。5人の拉致被害者は約束通り日本に到着したが、彼らは北朝鮮に戻ることを許されなかった。北朝鮮に拉致された状態から一転して、彼らは日本によって拉致されたのだ。日本政府は親戚も日本に来ることを要求した。そうすることで、中には北朝鮮での教育を中断しなくてはならない人もいたにもかかわらず。

再び北朝鮮は妥協し、2004年に小泉は北朝鮮を再訪問し、経済援助と関係正常化の約束を盛り込んだ2002年の平壌宣言を再確認し、親戚を呼び戻そうとした。しかしこの時は、当時内閣官房副長官だった安倍も一緒で、彼はこれらの約束を凍結することを決意していた。日本に戻ると、安倍は、北朝鮮は密かにより多くの拉致被害者をかくまっているという証拠を掴み、この中に13歳で拉致された横田めぐみさんも含まれると主張し始めた。

小泉は、安倍の主張を覆す材料が何もないと言った。右翼は火炎瓶で田中氏の自宅を襲って脅した。このようにして関係正常化の約束は、北朝鮮に対する悪意と軽蔑の雰囲気の中にかき消されていった。

もし、安倍が本当に北朝鮮の地獄で辛い目に遭っている日本人を救出することに本当に心を砕いていたなら、真っ先にやるべきだったことは、平壌において日本人の捜索と救出の活動を支援する、何らかの日本の拠点を作るようにすることではなかったか。彼がこの問題を理由として行ったことはその逆で、平壌に拠点を作ることを拒否し、北朝鮮に対し可能な限り最大限の圧力をかけ、核問題に関するいかなる交渉の対話も拒絶したのだ。

拉致問題に関する日本のトラウマを和らげる方策として、横田めぐみさんは1994年に死亡したと主張する北朝鮮が持ち出したのは、北朝鮮の主張によれば、彼女の火葬後の炭化した骨で、彼女の死亡を裏付けるものだった。このことで、かえって、日本政府はその骨のDNA検査を行い、結果は陰性で、北朝鮮がまたもや嘘をついているという証拠になってしまった。しかし、検査の精度や、このような状況下で判断可能なのかという科学的論争を引き起こすことになった。主要な科学雑誌であるネイチャーは、炭化した骨の正確なDNA検査は不可能であると主張する記事を掲載した。この記事には付随した社説もあり、「日本が北朝鮮のあらゆる発言を疑うのはもっともである。しかし、DNA検査による判断をすることで、政治的干渉から科学の自由の壁を超えてしまった 日本政府は、他のより客観的な検査をするために骨を幾つか返却して欲しいという北朝鮮政府からの要望を断って、めぐみさんを目撃したという主張を繰り返した。

彼女の魅力的な写真は、日本で拉致問題を怒りの根源とし続けるように焦点を当てさせることができた。彼女の年老いた両親がアメリカに連れて行かれ2人の大統領に面会したのは、この問題でアメリカの怒りを湧き起こすためであった。

日本政府の立場への国民の支持は強く、それは判断力のない大衆が日本政府のシナリオに何でもかんでも同調することだけが理由ではない。朝鮮や朝鮮人に対する根強い嫌悪感があることも、理由の一部だ。しかし日本人が拉致され外国に留め置かれた可能性があるという考えも、本当に苦痛である。教育を受けた人たちであっても、もし誰かが、日本政府が秘密の目的のために拉致問題を操作したと教唆しようものなら苛立つことだろう。

2009年には、有名な進歩的コメンテーターである田原総一郎氏がテレビ朝日で、ある匿名の外務省高官からの話として、最も有名な2人の拉致被害者である横田めぐみさんと有本恵子さんは、すでに死亡していると言ったと、発言したのだ。彼はすぐに、右翼や政府からの支援を享受している2つの強力な拉致被害者支援団体から攻撃されることになった。

彼は(当時の)中曽根弘文外務大臣からも攻撃され、外務省が拉致被害者全員が可能な限り生きて早期に帰国することを念頭に取り組んでいるのだと付言した。田原氏は2人の死に言及したことを深く謝罪したが、情報源は明かさないと言った。すると、彼は、有本さんの両親に感情的な苦痛を与えたとして1000万円の損害賠償を求めた訴訟を神戸地裁に起こされた。

その後程なくして、放送倫理を志向するある報道評価機関が、田原氏とテレビ朝日の両者は適切な謝罪をすべきであると判断した。つまり、前回の彼らの謝罪は不十分であったと。情報源を明かすように神戸地裁に求められ、田原氏は大阪高裁に控訴し、ここでは彼の主張が認められた。それでも、彼は責任があるとして100万円の罰金を科された。

田原氏に味方する者はほとんどいなかった。表現の自由の権利を主張する国において、何も言わないことは不利であった。私自身もかつてヒステリーの被害にあったことがあり、それは右翼の産経新聞の論説委員が拉致問題に関して私の発言を歪曲して引用した時だった。一夜にして、私は世論の冷たい反発を感じた。私は大手商社から、立場のある役職から退くように促された。

2014年に日本政府は、とうとう同情的になり、長く苦しんでいる横田夫妻に、めぐみさんの娘であるキムウギョンさんを訪問することを許した。しかし、面会は彼らの孫が自由に発言できるとされたモンゴルにおいて行われた。(他の第三国や平壌で孫と話すべきだといった事前の動きは阻止され、または北朝鮮の誇大宣伝に協力しているとして激しく非難された。

長年にわたりめぐみさんの生存推定に基づく日本政府の誇大宣伝があったにもかかわらず、4日間にわたる訪問の報告の中にめぐみさんの生存に関する言及は全くなかった。

めぐみさんの両親が訪問から帰国したとき、私は彼らに、どうしてめぐみさんについて言及しないのかと質問する機会を得た。母親で、頭のいい横田早紀江さんは、他の拉致被害者家族を支援するためにモンゴルを訪問したのだと言っただけだった。

言い換えれば、自分の孫に会いにはるばるモンゴルまで行ったのに、彼女のお母さん、すなわち自分の娘の所在を聞くことすらできなかったというのだ。おかしなことだ。

もっとおかしいのは北朝鮮の振る舞いだ。北朝鮮は、自ら進んで、国交正常化や経済援助のチャンスを犠牲にしてまで、存在自体が疑われるような、いわゆる拉致被害者を喜んで抱えているというふうに実際私たちは説明されているが、これは全くおかしなことではないか。

日本外国人記者クラブジャーナル 20181月発行